昭和42年(1967年)3月28日
朝6時半池袋に3人が集合。東上線にて北上し寄居で降りて長瀞へ向かいました。八高線と交差しそこでD51670を撮影しました。(この写真は見当たらず)
前方に山が迫りついにこれを登り始めました。非常に急な800パーミルから1000パーミルほどの勾配でいつも無視していた耕運機が羨ましくなるほどでした。暫く行くともう人の歩かないような道になり進路もはっきりしなくなりましたが伐採中のおじさんが道を教えてくれたので心を強くして行きました。しかしそれは道と呼ぶにはあまりにも貧弱なもので「道なき道」の表現にピッタリでした。勾配もますます酷くなりついに小休止。周りを見ると灌木で覆われています。
(写真15805 長瀞67.3.28)
さて出発。ここらへんになるとさすがに荷物の重さがこたえてきました。そのためいつも最後尾というありさまです。土手を木の枝を掴みながら登るとやっと道らしい道に出ました。
(写真15803 長瀞67.3.28)
ちょっと行くと周りが開け、関東平野が一望できる(と言っても遠くは霞んでよく見えませんが)所に来ました。ここで小休止。遠景を撮影しバラストに注水しました。(水を飲んだということ)
(写真15806 長瀞 67.3.28)
(写真15807 長瀞 67.3.28)
進行方向を見ると盆地状になっており、村落が見えます。その先にはまた山があり、どうやらそれを越さねばならないようです。そうと決まれば下り勾配をまっしぐらです。しかしその道と来たら周りから木の枝がめちゃくちゃに出ていて、まともに前向きには進めません。それを越すと盆地全体を一望できるところに着きました。まだ正午にはなりませんがだいぶ腹が減ったし荷物を軽くしたかったのでここで昼食をとることにしました。景色がよく、まことにのどかな田園風景でありました。
(写真15809 長瀞 67.3.28)
ゆっくり休んでから下り始めました。はじめはまともな道を歩いていきましたが例によって曲がりくねりが激しいので一直線に降りようということになり実行しました。1回目、2回目は良かったのですが3回目、すぐ下に目指す盆地に続く道が見えてきた時に酷いことになってしまいました。伊藤が先頭を行き、無事に降りましたが私は荷物が重く、時々安定を失いました。その時後ろを見ると岡本は何かを敷いて滑っているではありませんか。もう可笑しくて大声で笑ったため足が滑ってステーンと転んでしまいました。カメラは腹の上、三脚は高く差し上げたので無事でした。このままでは立つにも立てず、伊藤を呼んで三脚を持ってもらいました。私と岡本はそれでやっと降りられました。岡本は最後まで滑って来ました。伊藤を見ると道路を通り越して向こう側の傾斜で寝そべっていました。どうしたのかと尋ねてみると、勾配を駆け下り、止まらなくなったので地面にあった木の枝に足を掛けた所、それが外れてひっくり返ってしまったそうです。これも大いに笑わされました。
小休止して出発しました。盆地を横切りまた上り勾配にかかりました。前方を見ると何やら道が塞いであって札が下がっています。望遠レンズで覗くと通行止めと書いてありました。ここまで来た以上退くわけには行きません。その近くで水を補給したあと出発しようとするとおじさんが出てきて伊藤に「どこへ行くの?」と聞きました。「長瀞です」「長瀞?今日中にはつけないぞ」「えっ?」。おじさんが遠くの方へ「おい。長瀞へ釜伏越えて行くんだって」すると遠くから「じゃあ訳ねえや。若いんだから」。もうここまで来た以上引くよりも進んだほうが近いことは分かっていたので灼熱の炎天下を上り勾配を進み始めました。
その通行止めの柵の先は車が通ったあとがなく、少々心配ではありましたがどんどん登って行きました。後ろからオートバイで登って来る人がいましたが何事もなく通り過ぎました。少し先に行くとその人が止まっていてその横を通り過ぎようとしたとき、左に別れた細い道を指して「歩くならこっちのほうが近い」と言いました。その指示に従って行くとまた先程の道に出ました。すなわち車道の近道を来たのです。前方から別のオートバイが走ってきたので道を聞いた所、「どこから来たの?」と聞くので「寄居」というといささか驚いた表情で「ならもうすぐだ」と言っていました。この先は秩父鉄道の建てた札が有るということでした。
先へ行くとこの道はなくなり山道が左脇から出ていました。これを進むと一番高いところへ出たので小休止。そこも大変景色の良い所で遠くに秩父(?)の連山が見えました。もうひとつ越えればよいのだと思いながら連続下り勾配に挑みました。ここまで来ると足に豆ができたようでヒリヒリします。めちゃくちゃな急勾配、酷すぎる川底のようなゴツゴツの道、交差する小川と違いもない程です。そして3時半ついに川岸にたどり着きました。延々6時間歩き続けた結果です。よく歩きました。
(写真15811 長瀞 67.3.28)
(写真15812 長瀞 67.3.28)
4時半まで川岸で遊んで帰途に着きました。秩父線で長瀞から寄居まで20分足らず。右手に見える山々は先程我々が越えてきたのだと思うと誇らしげに感じました。寄居駅でC58,D51の重連を撮影しました。
(写真15814 八高線 寄居 C58202+D51154 67.3.28)
(写真15815 八高線 寄居 C58202+D51154 67.3.28)
(写真15816 八高線 寄居 C58202+D51154 67.3.28)
(写真15817 八高線 寄居 67.3.28)
以上
この記事へのコメント
ねこ
今では舗装された林道もあってハイキングコースですけど
藪漕ぎ直登はきつかったことでありましょう。
鉄道風景は大きく変わりましたけど
長瀞、荒川の風景は変わりませんね。
お疲れさまでした。